名古屋高等裁判所 昭和23年(ナ)2号・昭23年(ナ)3号 判決
原告 山城礼班 外二十名
被告 石川県選挙管理委員会
一、主 文
原告等の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、請求の趣旨
原告等訴訟代理人は「昭和二十三年七月七日施行された石川県江沼郡山代町議会解散賛否投票の効力に関し原告等からした訴願を同年八月二十七日付で却下した被告委員会の裁決はこれを取消す。右解散賛否投票は無効とする。訴訟費用は被告委員会の負担とする」との判決を求めた。
三、事 実
原告等はすべて石川県江沼郡山代町の住民で山代町議会(以下単に町議会又は議会という。)議員の選挙権を有する者であり、ことに原告山城、同中村、同横川、同高畠、同中出、同奧、同中橋、同宮西、同北村、同新家は昭和二十二年四月三十日施行の総選挙において当選し尓来町議会議員の職にあり、なかんずく原告山城は町議会議長の要職を占めるものであるが山代町字山代に居住する葬具商河端一男は、町議会解散請求の代表者となり二千七百七十三名の連署を得たと称して山城町選挙管理委員会(以下単に町の委員会という。)に対し昭和二十三年五月下旬又は同年六月五日頃町議会の解散の請求をしたので町の委員会は同年六月五日付を以て請求の要旨を公表し同年七月七日これを選挙人の投票に付し、その結果町の委員会は、即日過半数の賛成(同意)投票があつたと公表した。しかしながら右解散請求及びこれに基く賛否投票の手続には左に掲げるような数多の違法な点があり無効と信ずるから町議会は解散せらるべきものではない。
第一、署名簿及び署名に関する主張
(一)、終戦後の我が国は軍国主義思想及び軍国主義的政治活動を払拭し民主主義的平和国家を建設すべく連合国の我が国占領もこの目的の達成のためである。昭和二十一年一月四日連合国軍最高司令官は「公務従事に適しない者の公職からの除去に関する件」(以下覚書という)を発し我が国政府はその実施のため勅令その他の命令を公布し、ことに昭和二十二年一月四日閣令、内務省令第一号(昭和二十二年勅令第一号施行に関する件)において、大日本赤誠会(大日本青年党)の本部並に都道府県市町村の同会の創立者理事等幹部役員を覚書に該当する者とし、さらに昭和二十二年三月十二日改正勅令第七十七号は政府から覚書該当の通知をうけた者は一切の政治活動をしてはならないと明定した。従つて覚書該当者の政治活動は右禁止に違反するものである。又未だ覚書該当の指定通知をうけていなくとも、事実上覚書に該当すること明らかな者の政治活動は最高法規ともいうべき連合国最高指令官の覚書並にこれに基く勅令その他の命令の精神に反し好ましからざることであつて、これらは国の政治的秩序(公の秩序)に関する強行法規と解すべきものであるから、その政治活動は違法行為である。
しかるに河端一男は覚書該当の指定通知をうけていないようであるが昭和十五年十二月頃前記大日本赤誠会の山代町分会を創立し会員の入会勧誘、発会式挙行、本部へ連絡その他の活動をなし分会長木村駒吉死後は同人に代つて同分会を管掌する主要役員の地位にあつたことは周知の事実である。すなわち河端一男は覚書に該当すること明らかな者である。そして同人が代表者となつてした本件解散請求が重要な政治活動であることは勿論であるから右請求は前記のとおり、強行法規、公の秩序に反する違法行為といわねばならない。それのみならず河端一男が本件解散請求の署名簿に署名を蒐集(署名運動)するに当り使用した前野清行外数名は覚書該当者として指定通知をうけていたものであるから同人等が本件署名運動に参与したことは明らかに違法であるし河端一男がこのような者を署名運動に使用したことも違法である。右前野清行は戦時中山代町庄部落の在郷軍人分会長であつたから、かりに覚書該当の通知が洩れていたとしても覚書に該当すること明らかな者として同人のした本件署名運動は違法なものとなることは河端一男の場合と同様である。
(二)、地方自治法施行令(以下地方自治法を単に法といい、同法施行令を単に令という。)第百条、第九十一条によれば解散請求代表者証明書交付の日以後でなければ署名運動をすることはできないのであつて本件の場合は昭和二十三年五月十日右証明書が交付されたから署名運動は同日以後にされなければならない。しかるに同日以後に蒐集せられた署名はごく僅少であり署名の法定数千二百四十八個に達しないのであつてその余の署名は同日より前に蒐集せられたものである。このことは本件署名簿(甲第十四号証)に二重記載の者が多数あり、また連続一連であるべき筈の上欄の番号が各所において欠如していたり重複していたりする事実からみて明らかに推測せられることがらである。このような瑕疵のある署名簿は当然無効といわねばならない。
(三)、署名簿は解散請求代表者が自ら選挙人に解散請求の趣旨を理解させた上その署名捺印を集めなければならないことは令第百条第九十二条によつて明白であり、特に反対の規定のないかぎり代人を使つて署名を集めさせることは違法である。しかるに請求代表者河端一男は自らこれをなさず、代表者でない前野清行及び同腹の下津久雄、重谷栄太郎、山元重吉、北千代吉、東正秀、中出善太郎、飯森久一、出島由太郎、谷口長太郎、宮西七郎、松井重雄、北市重郎、桂田とし子などをして署名を集めさせた違法があるから本件署名簿は無効てある。
(四)、令第百条第九十三条及び地方自治法施行規則第十七条によれば署名簿は、都道府県に関する請求にあつては市町村ごとに、政令で指定する市に関する請求にあつては区ごとにこれを作成しなければならないのであるが本件の如く町又は村に関する請求にあつてはそのような規定がないところからみて、その署名簿は一册にかぎる法意であるとみなければならない。これは都道府県及び前記の市にあつては人口多く一册の署名簿で署名を集めることは困難であるに反し人口の少ない町村にあつてはこのような事情がないからであろう。しかるに河端一男は前記のように多数の人を使つて署名運動をさせた関係上、署名簿を分册して二十册以上としこれらの者がその各々を携帯して歩いたのであるから違法であり本件署名簿は無効である。
(五)、法規によれば署名簿は請求代表者が自らこれを作つてこれに解散請求書又はその写及び請求代表者証明書又はその写を添えて選挙人から個別に署名捺印をうけるべきことを要請しているにかゝわらず請求代表者河端一男はこれをなさず、これらの書類を添付していた形跡もない。従つて本件署名運動は違法無効である。
(六)、署名簿に対する署名捺印は解散請求の趣旨を認識した上これをすることを要するのは当然の理である。しかるに単に顔立にたのむと言はれて署名した者、世帯主がその家族の氏名を代表したもの多数にのぼり、さらに山代町庄部落においては、小学校兒童をして又同町字七日市部落においては、部落代表者が小使をして署名を集めさせた。すなわちこれらの者は、解散請求の趣旨目的を知るに由なく真実の同意なくして署名された瑕疵があるものといわねばならない。
(七)、今や我が国は二十歳以上の男子のみならず、婦人に対しても選挙権を認めているのであるから選挙投票と性質を同じくする解散請求の署名捺印も各人が独自の意思に基き表示せらるべく、世帯における地位、階級はもとよりその他如何なる事情にもかゝわりなく選挙人各自が署名捺印すること、約言すれば自署することによつてのみ有効な解散請求が行われるものと信ずる。しかるに右(六)の署名が自署でないことは勿論であり、その他にも或る家族が他の家族の分を代表したもの、たまたま居合はせた他人が代書したもの、河端一男、前野清行等において署名簿に予め、選挙人の氏名その他を記入しておいて同人等に捺印だけさせたもの、部落代表者が自宅へ各世帯の選挙人一名宛を参集させその者にその世帯に属する者の氏名をすべて代書させたものなど、自書でないものは数えきれないほど多数である。このような次第で同一筆跡と認められる署名が頗る多数あることになるのであるが、これらは何人の記載にかゝるものであるかを判別しがたいからその全部の署名を無効とすべきである。しかるかぎり本件署名簿において選挙人の自署として残るものは法定数をはるかに割るから本件署名簿はこの点だけからいつても無効である。
(八)、令によれば署名簿中、住所、生年月日も選挙人が自署すべきことを要請しているにかゝわらず、これは町の委員会の書記表伝及び河端一男の雇人たる元谷駒吉が記載している。又本件署名簿の毎葉綴目に河端一男の割印があるだけでそこに登載された署名者の割印がない。これらも亦本件署名簿の瑕疵というべきである。
(九)、さて本件署名簿の署名(その総数は二千七百七十三個)につき無効原因ごとにこれを区分すれば、(1)選挙人名簿に記載なき無資格者記載、(2)転出者死亡者改姓者等記載、(3)捺印欠如無照合生年月日無記載等、(4)記載が選挙人名簿における正当な表示と一致せず即同名簿に該当せず本人の自署なりということができない記載、(5)無資格者、右姓名相違記載その他事故者と同一筆跡なる一個又は数個が自署とは認めることができず無効に数うべき記載、(6)同一筆跡中の一個を有効と仮定した残余は勿論無効に数うべき該記載、となる。そして右(1)の数は六十八個(別表甲1の第一号表)、(2)の数は十個(同第二号表)、(3)の数は九個(同第三号表)、(4)の数は三百五十六個(同第四号表)、(5)の数は三百四十六個(同第五号表)、(6)の数は一千二十個(同第六号表)であり、(1)乃至(6)の総数は一千八百九個となる。これに対し同一筆跡中の一個を有効と仮定して数うる記載六百七十二個(同第七号表)と原告等が未だ無効を主張していない分二百九十二個(同第八号表)とを合計すれば九百六十四個となりこれは明らかに署名の法定数一千二百四十八個に及ばないから本件署名簿は違法無効のものといわねばなららい。
(一〇)、さらに又本件署名簿の各個の署名につきその無効原因を網羅して示せば別表甲IIのとおりである。
第二、照合簿及び照合に関する主張
本件の照合簿はその内容において各頁ごとにすべて上欄に契印を押捺して更にこれを抹消しあり、このことは前記の署名簿における番号の欠如重複のあることと相まつて法定の期間経過前即昭和二十三年五月十日前に照合簿が作成されたことを物語るものであり、かつ一番乃至数十番、又は一番乃至百番内外ごとに前後各部ともその間において選挙管理委員会の契印は食いちがい、不一致重複などあることからみて二十册以上に分册されていたものを合册したものであること明白である。なお又照合簿の後半には契印がなくばらばらである。このような照合簿は令第百条第九十四条の規定に照らして違法である。一面相当数の死亡者転出者変籍者改姓者の外、署名簿の署名の下に捺印のない者についてさえ照合して契印が施してあるがこのような照合の方式は明らかに違法である。これらの違法はひいて本件解散賛否投票の違法無効を来たすものである。
第三、解散請求要旨の内容に関する主張
本件解散請求の要旨の全文は甲第七号表の二、に記載してあるとおりである。ところで右要旨に記載の事実はすべて不実虚偽の羅列であるからこれに対し次のように反駁せざるを得ない。
(1) 源泉掘鑿について
源泉掘鑿は昭和二十二年八月、山代町長山谷弥一が山代町議会に提案する前に町内十八名の温泉業者側と町役場及び議会側と数回交渉した後同町長が提案し議会がこれを審議可決したのであつて同年八月初旬、数名の議員と役場職員が元陸軍山代分院払下について上京し代議士竹田儀一と会談したことがあるだけで右掘鑿問題について協議したり掘鑿会社と交渉しをりしたことはないのである。議員等と町長が同年八、九月頃会談した際たまたま町長は政務多忙であるから掘鑿の件は主として助役に処理させた方が好都合であろうとの話が出たところ町長は喜んでこれに賛同したことがあるだけで決して議会側が町長に対し本問題を助役に一任すべしと強請したことはないのである。又前記温泉業者十八名の中数名が山代町に対して掘鑿禁止の民事訴訟を起したのであるが、町長自らも「やまや」なる商号の下に温泉旅館を経営している関係上掘鑿決議を執行する意志なく掘鑿は実現の見込のないものである以上、本問題に関して議会側が町長と反目しなければならない筋合はないのである。なお掘鑿会社に対し金二十七万円の中勘金を支払つた事実もない。
(2) 町民税査定問題について
昭和二十二年度町民税賦課案査定にあたつて従前行われていた多額所得者に軽く低額所得者に重い課税の弊を改め公平に賦課するよう修正したところ、これに対し木谷甚太郎などから異議申立があつた。そこで議会としては愼重審議の上、地方税法に該当しないとの故を以て却下したが、これは議会の当然の職責をつくしただけでなんら非とせらるべきものでないのである。
元来地方自治法が住民に議会解散請求権を認めるのは住民の誤なき正しい政治的意見を自治行政の上に反映させるためである。従つてその前提として解散請求要旨に記載された事項は真実に適うものでなければならないのである。
けだし選挙人はこれを判断の資料として賛否を決意するに至るからである。これに反して若し虚構の事実を記載公表すれば選挙人は欺されて錯誤に陷つた上投票することとならざるを得ない。その不当なることは言うまでもなかろう。しかるに本件解散請求要旨においては議員及び議会の名譽、信用、政治的活動その他についてありもしない虚偽の事項を記載公表し、公然中傷誹謗して選挙人の正当な政治的判断を誤らしめ錯誤に陥らせた上賛否投票に及んだのであるからこれは違法無効といわねばならない。右解散請求要旨に記載の事実の真偽についてはさきに被告委員会は訴願裁決において、審議のかぎりでないとして原告等の主張を容れなかつたが、いやしくも原告等においてその虚偽なることを主張して本件解散賛否投票の効力を争うている以上この点についても判断をうける権利あることは日本国憲法、地方自治法、行政事件訴訟特例法などによつて明白である。
第四、弁明書に関する主張
町の委員会は本件解散請求書を受理したので議会に対し昭和二十三年六月五日付で同月十五日までに、令第百四条第一項に則る弁明書の提出方を通知して来た。そこで議会としては議会を開いてその意思を決定し決議による弁明書を提出する必要があるものなるところ法第百一条により議会招集の権限を有する町長山谷弥一は解散請求代表者河端一男及び選挙管理委員会と相通謀していたため少しも議会を招集しようとしないので議員たる原告山城、同中村、同中橋、同横川、同奧、訴外藤山久一の六名(法第百一条第一項後段に規定する法定数に達する者)から同年六月十一日及び同月十四日、書面を以て臨時会の招集の請求をしたが町長山谷弥一は、議会招集の責務あることを知りながら故意にこれを招集せず、ついに法律上最も重要な意思表示をすることを妨げられ正式弁明書を提出する機会を奪はれたため、有志議員が申合せによる非公式の弁明書と題する書面を提出したにすぎない。右のとおり正式の弁明書を徴さないまゝで賛否投票に及んだのは明らかに違法無効である。
第五、投票及び開票立会人並に投票所の表示に関する主張
投票立会人三名中二名は「同一政党又はその他の団体に属する者」であつても他の一名は「同一の政党又はその他の団体」に属しない者を選任すべきであるにかゝわらず、議会解散につき同調奔走した者だけをこれに選任したのは違法である。開票立会人の選任方法にも不正違法がある。
又町の委員会は投票所入口に「山代町議会解散投票場」と記した大看板を立てゝ恰も解散に賛成の者だけの投票場であるかのようにしたのは違法である。
第六、公務員の運動に関する主張
町委員会の委員長藤沢一及び町長山谷弥一が、解散請求代表者河端一男と意を通じていることは本件解散賛否投票の経過からみてうかがえることであるが、その他にも本件署名簿の表紙、内容の番号住所生年月日及び解散請求書、要旨書などほとんどすべての書類が代表者河端一男の作成したものでなく、町の委員会及び山代町役場の職員がその作成に参与しているのであつて、これ又本件賛否投票を違法ならしめるものである。
第七、少数議員の党利党略に関する主張
本件解散請求は疊谷五郎外少数の議員の党利党略に端を発するものに外ならないのであつて地方自治法の法意精神に反するから本件賛否投票は無効である。
立証として甲第一号乃至第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証、同第七号乃至第十号証の各一、二、同第十一号乃至第十五号証、同第十六、十七号証の各一乃至三、同第十八号乃至第二十三号証、同第二十四号証の一乃至三を提出し、嘱託にかゝる証人加藤智海、同小坂寅造、同飯森久一、同野尻文佐、同稻目ハツ、同谷口彦作、同小中市太郎、原告本人浅野甚一の各訊問の結果及び原告本人山城礼班、同北市一郎の各供述並に鑑定人石田俊雄の鑑定の結果を援用し、嘱託証人京谷武次、同市野善作の証言は援用しないと述べ、乙第四号証、同第八号証の一、三は不知その余の乙号各証はいずれも成立を認めると述べた。
被告委員会代表者は主文第一項同旨の判決を求め答弁として次のとおり述べた。
原告等が山代町議会議員の選挙権を有すること及び訴外河端一男が解散請求代表者となつて原告等主張の頃議会の解散請求をしたので町の委員会は昭和二十三年七月七日これを選挙人の投票に付しその結果過半数の賛成投票があつたことは認める。そして町の委員会は直ちにこれを公表し、こゝに至るまでの手続に何等の瑕疵がないから議会は即日解散することとなつたものである。
以下原告等の主張を逐次弁駁する。
第一の(一)について。河端一男及び前野清行は覚書該当者としての指定をうけていなかつた。河端一男がたとえその指定通知をうけたとしても、既に解散請求代表者として署名捺印の蒐集を終つている以上、右指定の効力は遡求するものではなく又同人等が単に覚書に該当すること明らかな者であるというだけでは政治活動を禁止せられる筋合ではないから同人等が本件解散請求を主導し又は参画したからといつて本件解散投票の効力になんらの影響を及ぼすべきものではない。
第一の(二)について。法定期間経過前たる昭和二十三年四月中に河端一男が蒐集した署名簿は同人が別に保管しており、本件署名簿には右期間経過後たる同年五月十日以降に蒐集した署名だけを載せており、前者は後者に含まれていないから何等違法の点はない。
第一の(三)について。解散請求代表者が自ら署名を蒐集しないで他人を使つてこれを集めさせることは行政実例(昭和二十一年十二月二十七日地発乙第六四一号各地方長官宛内務地方局長通牒参照)もあり何等差支ないことである。
第一の(四)について。署名簿の分册を禁止する規定がないから分册して署名を蒐集するも一向さしつかえがない。
第一の(五)について。本件署名簿に署名捺印を求めるに当つては法令の要請どおり解散請求要旨と請求代表者証明書の写を添えて、これを行つていたことはまちがいないことである。
第一の(六)及び(七)について。署名簿における署名が自署でなければならないことはまさに原告等主張のとおりであるが、個々の署名の真否については選挙管理委員会としてはその実質的審査権を有せず単に形式的審査権を有するにとどまる。すなわち明らかに自署でないと認められるもの(例えば活字を用いたもののごときはそれに当る)を除いてその署名を真実に非ずとすることは許されないのであるからこれを受理してさしつかえないのである(かゝる行政実例が存する)。けだしもしそうでないとすれば署名全部につき筆跡鑑定面接などによつて調査しなければその真否を判定しがたく、このようなことはとうてい不可能のことに属するからである。同様に解散請求の趣旨目的を理解しない者の署名のごときも調査のかぎりでない。町の委員会においては右行政実例に従つて適法な審査をなし署名総数二千七百七十三個の中有効署名の数を二千二百二十三個と確認したのであり、被告委員会もさきにそのように確認したのであるが本訴においては後記のとおりその個数こそ減つたとはいえ、なお法定数を超える有効署名があると認めるものであるから本件署名簿は少しも違法無効ではない。
第一の(八)について。署名簿における自署は氏名だけに関することであり、住所生年月日などは本人の自書を要件とするものではない署名以外の部分の誤記略記などもさしつかえないのである。署名簿の毎葉綴目に署名者の割印を要するという別段の規定はないから、これなくとも署名簿の瑕疵とはならない。
第一の(九)及び(一〇)について。原告等の主張する有効及び無効署名の計算は根本的に誤つた方法に基くものであつて正確ではない。被告委員会において計算したところによれば別表乙、署名計算書のとおりである。これによれば有効署名の数は一千三百二十一個であり、法定数(一千二百四十八個)に超えること七十三個である。最悪の場合においてもなお三十六個の法定数に超える有効署名があると認められるから本件署名簿は違法無効ではない。
第二について。照合簿の最上欄の抹消にかゝる部分の契印は前記の河端一男が目下保管している署名簿(乙第四号証)と照合した際の契印であつてその後全国選挙管理委員会からの訓電によつて署名簿を却下するに至つたために抹消したのであり、本件署名簿との照合にあたりその次の欄を使用した次第であるから法定の期間経過前の照合簿作成とはいえない。
元来照合とは署名簿に署名捺印した者が選挙人名簿に記載されている者であることを確認する行為であつて町の委員会はその照合をするにあたり選挙人名簿に記載されている者の個々の実質的資格は調査すべきかぎりでない。要するに本件照合は法例の規定に従つて適法になされているのであり、何等違法の点はない。
第三について。解散請求の要旨は解散請求代表者の主張事項であり、これに対しては議会側において自由に反駁弁明しうるのであつて選挙人は両者の主張を判断して投票により賛否を表明するものであるから請求の要旨の記載事項が虚偽であるかどうかの究極の判定は選挙人の判断による投票の結果に外ならない。従てそれが虚偽であるからといつて解散投票が無効となるいわれは決してないのである。
第四について。町長山谷弥一が解散請求代表者河端一男及び町の委員会委員長藤沢一と共謀して議会を招集しなかつたという事実はない。右町長が正式弁明書を作成するための議会を招集しなかつたとしてもそのことは選挙管理委員会の関知するところではない。かつ議会側においては議員協議会を開いてその意思を決定した上弁明書を提出し町の委員会はこれを適法に取扱つた末、解散投票に及んだのであるからその間何等の違法はない。
第五について。議会解散投票においては投票立会人につき政党色制限の規定の適用がないから(法第三十条第四項乃至第六項は令第百九条において準用しない旨が定められている。)投票立会人が一方に偏してもさしつかえがない。投票所の表示については地方自治法施行規則に定める投票用紙様式の三にも示されているように「解散投票」というのが正確であるから、その表示において「山代町議会微散投票所」としたことはむしろ正当であり少しも違法ではない。
第六及び第七の事実は共に否認する。
そもそも原告等の本訴は法第八十五条によつて準用せられる法第六十六条第四項に則る訴訟であり、その実質は選挙争訟である。本件解散投票が無効となるためには同じく準用せられる法第六十七条に該当する要件を具えなければならない。そして同条に「選挙」とあるのは「解散投票」と読み替えるべく、従つて同条に規定する第一の要件たる「解散投票の規定に違反する。」とは解散投票の管理執行の手続に関する規定に違反することを意味するのである。その管理執行に関する規定というのは、集合的行為としての解散投票の全体に影響する規定をさすのであつて、選挙運動の取締に関する規定や選挙罰則のようなものはこれに含まれないと考える。同条に規定する第二の要件たる「解散投票の結果に異動を及ぼす虞がある場合」というのは解散と決せられたものが解散しないこととなる可能性がある場合、又はその反対の場合をさすのである。従つてたとえ解散投票の規定に違反するとしても、その違反が軽微で大体において投票の自由公正を害しない程度のものであれば解散投票の結果に異動を及ぼす虞がないとして、解散投票の効力には影響を来たさないのである。結局解散投票の効力を争うためには解散投票の結果に異動を及ぼすほどに重大な違法行為のあつたことが立証せられなければならないのである。しかるにこれを本件についてみるに本件解散投票の結果は賛成二千八十一票でこれに対し反対八十八票にすぎず、前者は有効投票の二分の一たる一千八十五票にはるかに超えているから、たとえ原告等主張のような諸種の瑕疵があつたとしても、それらの瑕疵がなかつたならば、本件解散投票の結果が反対になつたであろうというような重大な違法とは少しも認められない。そればかりでなく原告等においてこの点に全くふれるところがなく従つて立証もない。よつて原告等の本訴請求は排斥せられるべきものである。
最後に、もし裁判所において被告委員会の裁決を違法と認めても前記のように賛成と反対の各票数が絶対的の開きを示している以上右裁決を取消すならば、この住民の総意をくつがえす結果となり、公共の福祉に適合しないゆえんであることにかんがみ行政事件訴訟特例法第十一条を適用して本訴請求はこれを棄却せらるべきものと信ずる。
立証として乙第一号証、同第二号証の一乃至三、同第三、四号証、同第五、六号証の各一、二、同第七号証、同第八号証の一乃至三、同第九号証乃至第十一号証を提出し、嘱託にかゝる証人加藤智海、同市野善作の各証言及び証人河端一男、同表伝、同疊谷五郎の各訊問の結果を援用し甲第十一、十二号証、同第二十一号証、同第二十三号証の成立は不知、その余の甲号各証はいずれも成立を認める。なお甲第十九号証の条例は地方自治法施行後は自然廃止となつていると述べた。
当裁判所は職権を以て証人山谷弥一を訊問した。
四、理 由
訴外河端一男が原告等主張の頃解散請求代表者となり町の委員会に対し議会の解散請求をなし昭和二十三年七月七日、同委員会はこれを選挙人の投票に付し、即日過半数の同意があつて議会は解散せらるべきものと公表したこと及び原告等が議会議員の選挙権を有する者であり、同人等から右解散投票の効力に関し不服ありとして町の委員会、被告委員会に異議、訴願をなし両委員会は相次いでその異議訴願を却下したことは当事者間に争なく、本訴は右解散投票は違法無効であり従つて被告委員会のした右裁決は取消さるべきものとして提起せられた解散投票の効力に関する訴訟すなわちいわゆる選挙争訟に準ずる争訟であること明白である。
そこで右解散投票において原告等主張のような種々の違法の点があるかどうかを逐次判断する。
第一の(一)について。
これは要するに解散請求代表者河端一男及び前野清行外数名が「覚書該当者」であるか又は「覚書に掲げる条項に該当することが明らかである者」であるから同人等の政治活動は一切禁止せられるという主張に帰するのであるが、昭和二十二年勅令第一号(公職に関する就職禁止退官、退職等に関する勅令)第三条第二項によれば覚書該当者というのは覚書に掲げる条項に該当する者としての指定をうけた者を指すのであつて、右の指定は同勅令第四条及び昭和二十二年閣令内務省令第一号(昭和二十二年勅令第一号施行に関する件)第五条により内閣総理大臣又は都道府県知事が公職適否審査委員会の審査の結果に基いて特定の地位に在る者を除き、本人に対する通知でこれを行うことになつている。しかるに本件において河端一男及び前野清行等が右の指定通知をうけていた者であることについてはこれを認めるに足りる何等の証拠がないから「覚書該当者」と認めるわけにはゆかない。次に前記昭和二十二年勅令第一号第十五条(同年勅令第七十七号による改正規定)第二項乃至第四項によると覚書に掲げる条項に該当することが明らかであると認められる者で政治上の活動をしている場合には内閣総理大臣又は都道府県知事はまず応急の措置として、その者の政治上の活動を「停止」すべく、つゞいて直ちにいわゆる調査表を徴してこれを公職適否審査委員会に送付しその審査の結果に基いて覚書該当者としての指定又は非該当の確認をすることを要請しているのであり、右政治上の活動を「停止」された者は非該当の確認をうけるまでは政治上の活動をしてはならないことになつている。このことからみて政治上の活動を「停止」せられるまでのその者の政治活動は好ましくはないがこれを違法と断ずるわけにはゆかないと解するを相当とする。
ところで河端一男前野清行等に対し右のような「停止」の処分のあつたことは原告等において何等主張も立証もしていないからその「停止」処分があつたことは認めがたく従つて、同人等が覚書に掲げる条項に該当することが明らかであると認められる者であつても、同人等の政治活動を違法と認めることはできない。原告等引用の追放に関する諸法令の精神が超憲法的のものであることはまさに所論のとおりであるがそのことは以上の認定の妨げとなるものではない。
よつて第一の(一)の主張は採用しがたい。
第一の(二)について。
法第七十六条第七十九条令第百条第九十一条第九十二条第一項によれば議会解散請求についての署名運動は解散請求代表者証明書の交付のあつた日以後でなければこれをすることができないと解するを相当とする。そして本件の場合においては右証明書が河端一男に交付されたのは昭和二十三年五月十日(このことは成立に争のない乙第六号証の一、二によつて明である。)であるから本件署名運動は、同日以後にされなければならないことは原告等主張のとおりである。ところで原告等は本件署名簿の署名中、同日より前に署名された分があると主張するのであるが、これに副う証人加藤智海の証言は証人市野善作の証言に対比すれば信用するわけにはいかないし他にこれを認めるに足りる証拠はない。却つて成立に争のない乙第五号証の一、二、同第六号証の一、二、甲第十七号証の一乃至三、同第六号証に証人河端一男の証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第四号証を合せ考えると、河端一男は初め昭和二十三年四月十日、議会解散請求のためその請求代表者としての証明書の交付をうけ署名運動をしたが全国選挙管理委員会から町の委員会に対し前回の総選挙のあつた日から一年内の署名は無効であるとの回答があつたので町の委員会はこの時の署名簿(第一次)を却下した。そこで河端一男はこの第一次の署名簿はそのまゝ自己の手許に保管し、改めて前記のとおり同年五月十日解散請求代表者の証明書の交付をうけて同日から再び署名運動を始めたのであり、本件署名簿はこの第二次の時のものであつて、右二者は全く別個のものであること、すなわち第一次の署名は本件署名簿中には全然含まれていないことを認めることがてきる。原告等は本件署名簿の内容、体裁などからみてその署名の大部が同年五月十日より前の蒐集にかゝるものであると主張しているが右認定の事実に照らせばそれは単なる邪道にすぎないといわねばならない。よつて第一の(二)の主張も採用しがたい。
第一の(三)について。
原告等引用の令第百条、第九十二条を検討するに、令第九十二条第一項は解散請求代表者自身だけが署名捺印を求めることができるのであつて右代表者は他の者を使用してこれを求めることができない趣旨を規定するものとは解しがたい。もし反対に解するならば同条第二項において署名捺印は解散請求の告示の日から市町村にあつては一ケ月以内でなければこれを求めることができないと規定していることからみて署名運動はほとんど不可能に近いか少くとも頗る困難であると謂いうるであろう。その不当であることは疑の余地がない。従つて解散請求代表者河端一男が同人の証言及び証人森久一同谷口彦作の各証言に明らかなように訴外北市重郎外数名を署名運動に使用したとしても何等前記法条に違反するものではないと解するを相当とする。よつて第一の(三)の主張も採用しがたい。
第一の(四)について。
令第百条により準用せられる令第九十三条によれば都道府県に関する請求にあつては市町村ごとに、法第百五十五条第二項の市に関する請求にあつては区ごとに署名簿を作成しなければならないと規定しているがこれは前者にあつては一の市又は町又は村の選挙人と他の市又は町又は村の選挙人の署名が混合することを避け、後者にあつては一の区の選挙人と他の区の選挙人の署名が混合することを避ける法意であり、要するに次条に規定する照合の便に供するための規定であつて、市町村ごとに又は区ごとに署名簿を作成するかぎり都道府県に関する請求にあると、はたまた本件のように町に関する請求にあるとを問はず、署名運動に当つて、その署名簿を分册することを禁ずる法意を含むものではないと解するを相当とする。このことは前記第一の(三)において説明した理由に想を致せばさらに深く納得のくゆことであろう。従つて本件署名運動に当り、たとい原告等主張のとおり署名簿を二十数册に分册していたとしてもこれを違法とすることは当らない。よつて第一の(四)の主張も採用しがたい。
第一の(五)について。
署名運動をするに当り署名簿を分册することがさしつかえないことは右に説明したとおりであるがその分册した各册には少なくとも解散請求書の写及び請求代表者証明書の写を添えることを要すると解するを相当とする。しかしこれを本件についてみるに、請求代表者河端一男及びその他の署名運動をした者が分册した署名簿にこれらの書類を添付していなかつたということは、これを認めるに足りる証拠がない。従つて第一の(五)の主張も採用することができない。
第一の(六)について。
選挙人が署名簿に署名捺印するに当つては解散請求に同意する意思を以てせられなければならないことは当然のことである。それ故にこそ右に説明したとおり署名簿には解散請求書及び請求代表者の写を添えることを要するとするのである。けだし右書類の添付がないと選挙人は何のために署名捺印するかを認識しないでこれをする場合がありうるからである。原告等は右の同意を伴わない署名捺印が多数あると主張するのであるが原告等の立証を以ては、はたして何人の署名がそれに該たるかを認めがたい。ところで法第七十六条令第百条第九十六条第九十七条等の規定を検討すれば署名簿に記載された有効署名の数が法定数(本件においては一千二百四十八個であること当事者間に争がない)に達しさへすれば、無効署名の数がどれだけあつてもその署名簿は違法無効ではないと解するを相当とする。そこで前記同意を伴わない署名捺印が本件署名簿中に仮に存在するとしてもこれを他の瑕疵ある署名と併せてみて、残る有効署名が法定数を割るに至るほどこの種の署名捺印が存在するということを認めるに足りる証拠がない。よつて第一の(六)の主張も採用しがたい。
第一の(七)について。
署名簿における署名は被告委員会も認めているとおり自署でなければならないことは疑の余地がない。この点に関し被告委員会は選挙管理委員会としては自署なりや否やは形式的審査を以て足りるというが、それはそれとして妥当なことと考えられる。しかしいやしくも署名の真否が裁判上争となれば裁判所は実質的に調査してその真否を判断する権限を有することは憲法第三十二条裁判所法第三条などの規定からして当然のことに属する。
原告等は同一筆跡の署名はその全部を無効として計算すべきことを主張するが同一筆跡と鑑定せられた署名は同一人の所為によると認めるべきところ、反証のない限り同一筆跡の二個又は二個以上の一群の署名中、一個は自署であり他は自署でないと認めるを相当とする従つてその一群の全部につき全然無関係の第三者がこれを記載したかまたは他の瑕疵あることを立証しないかぎりその全部を無効として計算すべきもつではないと考える。ところでそのように計算した無効署名と他の瑕疵ある署名とを併せてみて、残る有効署名が法定数を割るに至るほど自署でない署名が存在することを認めるに足りる証拠がない。よつて第一の(七)の主張も採用しがたい。
第一の(八)について。
署名が自署なることを要するというのはただ氏名だけに関することであり、その他の記載例へば住所生年月日などは本人の自署を要するものではないと解するを相当とする。従つてこの部分を他人が記載するも違法ではない。又署名簿は解散請求代表者が作成して選挙管理委員会へ提出するものであるから、その毎葉綴目には作成者たる右代表者の割印があれば足るのであり各署名者の割印は必要でない。本件署名簿につき代表者たる河端の割印があることは原告等の自認するところであるから何等の違法はない。よつて第一の(八)の主張も採用しがたい。
第一の(九)及び(一〇)について。
別表甲Iの第四号表につき考えるに署名簿における記載が選挙人名簿における正当な表示と一致しないというだけで直ちにその署名が自署でないとすることは当をえない。そして自署であり同一人でありさへすればその署名は有効と解すべきである。又同じく第五号表について考えるに無資格者姓名相違記載その他事故者と同一筆跡であるというだけで直ちにその全部が自署でないとすることも当をえない。同じく第一号表乃至第三号表及び第六号表所載の署名が仮に原告主張のとおり全部無効として計算するもその合計は一千百七個にすぎない。そこで本件署名簿が無効となるためには、本件署名簿に署名せられた総数は二千七百七十三個であるから他の瑕疵ある署名捺印の数が四百十九個以上あることの立証を要するわけである。しかるにこのことを認めるに足りる証拠がないから残る有効署名の数が法定数に達しないということを確認することができない。
結論として署名簿に記載された有効署名の数が法定数に達しさへすれば無効署名の数がどれだけあつてもその署名簿は有効であつて解散請求代表者はこれによつて議会解散の請求をすることができるのである。本件において被告委員会は有効署名の数が法定数に超えること七十三個であるとし、最悪の場合においてもなお三十六個の法定数に超える有効署名があると主張するのであるから本件署名簿を無効とするためには原告等は少くともさらに三十七個以上の無効署名の存することを立証しなければならない筋合である。しかるに鑑定人石田俊雄の鑑定の結果その他原告等援用のすべての証拠を以てしてもこのことを確認するにとができない。従て本件署名簿の有効署名の数が法定数に達しないと認めるわけにはいかないから本件署名簿は何等違法無効でない。
以上みてきたところによつて署名簿及署名に関する原告等の主張はすべて理由なく排斥を免れない。
第二について。
元来照合とは選挙管理委員会において、署名簿に署名捺印した者が選挙人名簿に記載されている者であることを確認することを目的とする行為であつて、それは照合簿と署名簿に契印することによつてこれを行うのである。そして右照合簿は令第九十五条によれば選挙人名簿確定後初めて照合の請求があつたときは選挙管理委員会は選挙人名簿により直ちに之を作成しなければならないことを規定しているのであり、証人表伝、同河端一男の各証言及び成立に争のない甲第十五号証、同第十六号証の一乃至三によれば前第一次解散請求に際して昭和二十三年四月中河端一男から本件選挙人名簿確定後初めての照合の請求があつたので、町の委員会はその時直ちに本件照合簿を作成したことが明白であるから、原告等主張の法定期間経過前にすでに一册の照合簿として之が存在したことはむしろ当然のことに属し何等異とするに足らない。そしてさきに述べたように第一次の解散請求に当つてその署名簿を却下したことがあり、その時一旦照合を終つていたので全部之を抹消したとの証人表伝の証言に照らして本件照合簿の最上欄の契印が全部抹消せられていることはこれまた異とするに足らないし照合簿の毎葉に契印を欠くようなところも見当らない。
次に選挙管理委員会が照合すべからざるものを照合したとすればその照合は違法ではあるがその違法は当該の署名捺印だけに関することであつて、これがために全部の照合が違法となる筋合ではなく、かつ適法に照合された有効署名が法定数に達しさえすれば右の違法は解散投票の結果に何等影響を及ぼすべきものではない。ところで本件において右違法の照合がたといあるとしても適法に照合された有効署名が法定数に達しないほどそれがあることを認めるに足りる証拠がない。これによつて第二の主張が理由なく採用しえないものであること明らかである。
第三について。
原告等の本訴は解散投票の効力に関する訴訟でいわゆる選挙訴訟に準ずるものであることは冐頭に述べたとおりである。そこで右解散投票が無効なるためには(イ)解散投票の規定に違反すること、(ロ)解散投票の結果に異動を及ぼす虞があることの二個の要件が具はつていなければならないのである(法第八十五条第六十七条参照)。そして解散投票の規定に違反するとは解散投票の管理執行の手続に関する規定に違反することをいい、解散投票の結果に異動を及ぼす虞がある場合とは右(イ)の違反がもしその違反がなかつたならば解散投票の結果につき或は異つた結果を生じたかも知れないと思量せられる場合をいうのである。ところで右(ロ)の要件を本件についてみれば解散するものと決せられたが或は解散しないものとなつたかも知れないということ、もつとわかりやすくいいあらわすならば解散賛成投票が有効投票の二分の一に達しなかつたかも知れないということを意味すると解するを相当とする。そして右(イ)(ロ)の要件を具えていることは当該の解散投票の無効を主張する者においてこれを立証する責任あること他の訴訟におけると異るところがない。ただ通常の選挙訴訟の場合には選挙の規定に違反することが当該選挙の自由公正なる施行を侵害するほど質的に重大な違反であれば当然選挙の結果に異動を及ぼす虞があると認められることが多かろうからその重大な違反の点につき立証があれば自ら選挙無効が立証せられたことに帰することとなるであろう。本件のような解散投票についても若し議会側に弁明の機会を与えないで投票を施行した場合などはこれに該るであろう。しかし請求の要旨の内容が虚偽であるということだけでは上にいう質的に重大な瑕疵と認めるべきでない。けだし請求の要旨に対しては議会側に対し弁明の機会が与えろれることからみて当然のことであろう。従つて本件で請求の要旨の内容が虚偽でありそしてそのことがかりに解散投票の規定に違反するとしてもその違反がなかつたならばすなわち請求の要旨の内容が虚偽でなかつたならば賛成投票の数が有効投票の二分の一に達しなかつたであろうという問題に帰するのであるから、この関係はすべて原告等において立証の責任があると解するを相当とする。原告等は解散請求要旨の内容が虚偽のために選挙人はこれに欺まされて賛成の投票をしたと主張するのであるが、かりにそのような者があるとしても成立の争のない乙第二号証の三により明らかなように本件投票の結果は賛成二千八十一票、反対八十八票で有効投票の二分の一の数が千八十五票であるという事実に鑑み、原告等はそのような者の数が九百九十七票以上あつたということを立証しなければならない筋合である。しかるに原告等の立証を以てはとうていこのことを確認することができない。従つて本件解散請求要旨の内容が虚偽でありそのことが違法であるとしてもその違法が解散投票の結果に異動を及ぼす虞ありとは認められないから第三の主張は失当として排斥せざるをえない。
第四について。
成立に争のない甲第七号乃至第九号証の各一、二同第十八号証及び証人山谷弥一、同表伝、原告本人山城礼班の各訊問の結果を合せ考えると町の委員会は本件解散請求を受理した上、議会に対し昭和二十三年六月五日付で同月十五日までに令第百四条第一項による弁明書を提出するように通知したので議会は議決による正式弁明書を提出するため同月十一日及び同月十四日の二回にわたり議長山城礼班外議員五名の法定数の者から町長山谷弥一に対し議会招集の請求をしたが町長は毫もこれを招集しようとしないのでやむなく議長から発せられた全議員に対する招集により同月十四日集まつた議長外議員十名で議員協議会を開き、満場一致で決定した弁明書を作成して同月十五日議長の名を以て町の委員会に提出したので同委員会はこれを正式のものと同様に取扱つて所定の告示ならびに掲示をし賛否投票の執行に及んだ事実が認められる。法第百一条によれば法定数の議員の請求があれば町長は議会を招集しなければならないことを明記しているにかゝわらず、右の適式の請求に対し議会を招集しなかつたことは如何なる事情があるにもせよ違法の措置といわねばならないが町長が請求代表者河端一男及び町の委員会と相通牒して議会を故らに招集しなかつたということは何等証拠がなくこれを認めるわけにはいかない。そして右の違法が本件解散投票にどのような影響があるかはまた別な問題である。町長の右の違法措置のために正式弁明書を作成し提出することを妨げられたということが解散投票の規定に違反するものといいうるかどうか。この判断はしばらく措く。よつてこのことがかりに解散投票の規定に違反するとして、本件解散投票の無効を来たすためにはさらにその違反が解散投票の結果に異動を及ぼす虞があることの要件を具えることを必要とすること前に詳しく説明したところと異らない。よつて原告等はもし右違反がなかつたならば、すなわち町長が議会を招集して正式の弁明書を議決作成しこれを町の委員会に提出していたならば解散賛成投票はおそらく有効投票の二分の一には達しなかつたであろうということを立証しなければならないのである。しかるに原告等援用の証拠を以てしてはとうていこのことは認められない。むしろ上記のように非公式とはいえ、弁明書を作成し提出しており、それが作成せられた経過からみて正式のものに比しその内容に変化があるとは認められず、かつ町の委員会がこれを正式のものと同様の取扱をした以上選挙人は解散請求の要旨とこれとを対照して賛否を決するに事を欠かなかつた筋合であるというべく従つて正式のものが提出されていたとしても解散投票の結果に変りはなかつたであろうということが推察せられる。結局正式弁明書不提出がかりに違法としてもその違法が解散投票の結果に異動を及ぼす虞ありとは認められないから第四の主張も採用に値しない。
第五について。
法第三十条第一、二項、令第百八条によれば議会及び解散請求代表者は各投票区における選挙人名簿に記載された者の中から本人の承諾を得て投票立会人となるべき者各々二人を定め解散投票の期日前二日までに投票管理者に届出ることができ、その届出のあつた者が当然に投票立会人となるわけであるから通常の場合投票立会人が一方に偏することはほとんど考えられないが法第三十条第十項本文によれば、もしその届出にかゝる投票立会人が三人に達しないときは初めて投票管理者がその投票区における選挙人名簿に記載された者の中から三人に達するまでの投票立会人を選任することになつているからこの場合には投票立会人が一方に偏することはあるかも知れない。しかし令第百九条によれば法第三十条第四項乃至第六項、第十項但書の規定は議会の解散の投票についてはこれを準用しない旨を明規しているから本件においてたとえ投票立会人が一方に偏することになつても少しもさしつかえなく何等違法ではない。
原告等は開票立会人の選任方法にも違法があると主張しているが如何なる違法の事実があるかを示さないからその主張を認めるに由がない。又投票所の表示を「議会解散投票所」としたことは正確に法令の文書に従つたまでであり「議会解散賛否投票所」と表示しなかつたからといつて違法でないこともちろんである。
第六について。
原告主張のような公務員がその主張のような運動をしたならばそれは罰則にふれ処罰の対象となる場合があるかも知れない。しかしそれが直ちに本件解散投票の無効を来たすかどうかは前にしばしば説明したとおりの法意に従つて決せらるべきことがらである。ところが原告等主張の者が本件解散投票につき原告等主張のような運動をしたことはこれを認めるに足りる証拠が少しもないから、この場合このことがらまで判断する必要がなく、第六の主張はそれだけで採用に値しないこというまでもない。
第七について。
本件解散請求が党利党略に基くものであるならば本件解散投票の無効を来たすかどうかは全く右と同様に決せらるべきことがらである。ところがそういう事実についてはこれを認めるに足りる証拠がないから右と同様に第七の主張も採用しえないこともちろんである。
以上みてきたとおり原告等の主張はすべて採用することができないものであるからその本訴請求は失当としてこれを棄却すべく民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文のとおり判決する次第である。
(裁判官 中島奨 茶谷勇吉 白木伸)
(別紙省略)